京都での商談だった。
その日はとても蒸し暑く、地方から来た私にとってはかなりこたえるものだった。今、終わった商談での手ごたえのなさも、疲れを助長しているのかもしれない。
「次行くか」そう思った矢先のことだった。店先から何かたたきつけるような音がする。もしかして・・・
雨だ!
夕立だから、すぐに止むだろうと雨宿りをしていたのだが、全くやむ気配がない。なんてツイてないんだろう。
「まずいな。このままでは、次の約束に遅れてしまう・・・」
焦っていた私に、店主がそっと近づいてきた。
「うちの傘でよかったら、どうぞ使ってください。急いだはるんとちゃうの?」
「でも・・・」
「傘のこと??また次来てくれはるときでええよ!」
もう、商談でこの店に来ることはないと思っていた私は、素直にこの店主の気持ちがうれしかった。
傘についたマークは少し恥ずかしかったが、次の商談先に着くころには、気のせいか京都の町が少し涼しく感じられた。
これは、私が父より聞いた京都老舗デパート創業時の話を、舞台を江戸から現代に移し、小説風にアレンジしたものです。
不景気の現代に舞台を移せば、甘い、あり得ない話に聞こえたでしょうか?先義後利の精神は「理想」であって、「現実」は利益至上主義。今やこのような話は多いかと思いますが、日常の少しのやり取りのなかに、この精神は宿っているのだと私は考えます。
(矢部恭章)